斎木こまりと瀬兎一也が進行する創作企画「こまこませっと」第10回は、ゲストにももしき先生を迎えたインタビュー兼ライブドローイング回だった。2026年5月8日夜に公開されたアーカイブは、YouTube上の表示で2時間4分51秒。配信概要欄では、こまこませっとを「一緒にお絵描きしたり、みんなからの質問に答えながら創作の楽しさを伝えるグループ」と説明し、今回もその看板どおり、絵の話と雑談の寄り道が同じ机に並ぶような時間になっていた。
今回の良さは、専門的な制作談を構えすぎずに聞けるところにある。ももしき先生の経歴紹介から始まり、獣耳や衣装の好み、イラストレーターとして仕事を始めた流れ、影響を受けた作品、ファンアートや流行ネタへの考え方まで話題が広がる。さらに、瀬兎一也がラフ、斎木こまりが線画、ももしき先生が塗りを担当する合作も同時進行するため、言葉だけではなく、画面の上で「創作の分担」が見える回でもあった。
のりプロ公式プロフィールでは、斎木こまりはバーチャル羊イラストレーターとして紹介されている。だからこの配信は、VTuberのトーク企画でありながら、絵を描く人同士が普段どこを見ているかを聞く企画としても読める。初見でも、概要欄の企画説明とゲストリンクを先に見ておくと、なぜ「獣耳」「シスター衣装」「ホラー映画」「フリーランスの仕事」まで話が跳ねるのかがつかみやすい。
第10回の節目に、創作企画としての形が見えた

冒頭4分台で、斎木こまりは「こまこませっと」が一緒にお絵描きをしたり、視聴者の質問に答えたりしながら、創作の楽しさを伝えるグループだと説明していた。第10回という節目にも触れ、「ついに2桁」と喜ぶ流れがある。企画説明そのものは毎回の導入に近いが、今回は数字の区切りがあるぶん、少しだけシリーズものとしての手応えが前に出ていた。
この導入が大事なのは、配信全体の見方を先に決めてくれるからだ。こまこませっとは、完成した作品を発表するだけの企画ではない。クリエイターを招き、こだわりを共有し、視聴者の質問にも答えながら、ものづくりの面白さを届ける場所として設計されている。配信概要欄にも同じ方向の説明が置かれており、アーカイブ本編と説明欄の役割がきれいにつながっていた。
今回はゲストにももしき先生を迎え、いつもの進行に「ゲストの創作歴を聞く」要素が強く乗った。斎木こまりと瀬兎一也の2人がただ質問役に回るのではなく、自分たちの好きなものや制作感覚も混ぜながら会話するので、インタビューの硬さは薄い。質問と作業が同時に進み、話が横へ伸びても企画の中心から外れすぎない。
配信8分台のゲスト紹介では、ももしき先生が獣耳やかわいいものを好むイラストレーターで、2011年から副業としてイラストの仕事を始め、2015年にフリーランスになったことが紹介されていた。ライトノベル、トレーディングカードゲーム、VTuber関連の仕事などに触れたうえで、2020年からはVTuberとしてYouTubeでも活動しているという流れも出る。短い紹介だが、今回の会話で扱う「仕事としての絵」と「配信者としての絵」の両方へ橋をかける内容だった。
ここで印象に残るのは、紹介が肩書きの列挙に寄らないことだ。獣耳が好き、歌がうまい、かわいいものが好き。そうした好きなものの話が、職歴の説明と同じ場所に置かれている。仕事の実績を並べて権威づけるより、なぜ今日この人と創作の話をするのかが先に伝わる。こまこませっとらしい、入口のやわらかさがあった。
第10回という節目も、過剰に大きな記念として扱われるわけではない。ついに2桁になったと笑い、企画説明がスムーズになってきたと軽く振り返る程度だ。その軽さがちょうどいい。シリーズが続いていることは伝わるが、初見の視聴者を置いていくほど内輪には寄らない。初めて見る人にも、「こういう企画なんだな」と分かるだけの説明が冒頭にある。
配信の作りとしては、ゲスト紹介、役割分担、質問読み、合作という4つの柱がある。どれか一つを長く深掘りするというより、会話の流れで少しずつ比重が変わる。前半はゲスト紹介と好きなものの話、中盤は仕事や影響を受けた作品、後半はファンアートや次回お題、最後は完成イラストと告知へ進む。雑談に見えつつ、視聴の目安になる道筋ははっきりしていた。
概要欄の書き方も、この企画の性格を補っている。配信タグ、ゲストのX、こまこませっとメンバー、斎木こまり自身の告知、のりプロの導線がまとめられており、どこから追えばよいかが分かる。記事本文では全部を商品案内として展開しないが、配信後にゲストや主催側の最新情報を確認する入口としては重要だ。特にゲスト回は、配信本編を見終えたあとに相手の活動へ移動しやすいことが価値になる。
第10回の配信時間は2時間を超えている。短く要点だけ見たい人には少し長いが、ながら見に向いた構成でもある。最初に企画説明とゲスト紹介があり、途中で質問が入り、最後に完成と告知が来る。集中して線の変化を追う時間と、耳だけで会話を聞ける時間が交互に来るので、創作配信に慣れていない人でも入口を失いにくい。
この「長いけれど、どこからでも戻ってこられる」感じは、こまこませっとの強みだと思う。企画としての目的ははっきりしているが、話題を厳密に管理しすぎない。だから、ゲストの好きなものが出た時に会話が伸びるし、合作の進行が少し止まっても雑談として聞ける。完成品だけを切り抜くより、配信全体で見る方が、この回の良さは伝わりやすい。
今回の記事では、配信の全発言を細かく追うより、創作企画としてどこが読めるかを整理したい。獣耳や衣装の話は、好みの共有にとどまらず、絵柄の源泉を話す入口になっていた。フリーランスの話は、仕事術の講義ではなく、絵を仕事にする時の現実感がにじむ場面だった。合作は、完成品だけでなく、担当を分けることで会話がどう生まれるかを見る場面になっていた。
また、今回の配信は「ゲストを招いて質問に答える回」と「その場で絵を仕上げる回」が無理なく重なっている。どちらか片方に寄せれば、もっと説明は短くできる。けれど、ももしき先生の話を聞きながら画面上の絵が変わっていくから、創作の話が机上の説明に閉じない。反対に、絵だけを眺める回でもないので、線が増える理由や、衣装の受け止め方も会話から拾える。
視聴時に意識したいのは、話題が散って見える時間ほど、その人の創作の材料が出ている点だ。ホラー映画の話、好きな作品の話、仕事の受け方、ファンアートへの反応は、ぱっと見ると別々の話題に見える。しかし、絵を描く人がどんなものを面白がり、どんな条件で手を動かし、どんな反応をうれしいと思うのかを並べて見ると、一本の創作談としてつながる。こまこませっと第10回は、そのつながりをゆっくり見せる回だった。
獣耳と衣装の話が、絵柄の根っこへつながる

ももしき先生の紹介で最初に強く出るのは、やはり獣耳とかわいいものへの好みだった。配信8分台では、獣耳が好きなイラストレーターとして紹介され、その後の会話でも、猫耳やフリル、衣装のかわいさが何度も話題になる。これだけ聞くと単なる趣味の話に見えるが、配信が進むほど、好きなものが絵柄の土台になっていることが分かってくる。
中盤では、シスター衣装やホラー映画の話にも広がった。シスター服が好きだという話は、清らかなイメージと少し危うい雰囲気の組み合わせへ進み、ホラー映画の話では、平成のテレビ的な感覚や白石監督の作品への好みが出る。かわいい絵を描く人が、かわいいものだけを材料にしているわけではない。怖さ、古い映像の感触、衣装の意味合いまで、幅のある材料が混ざっていた。
ここが面白い。獣耳、フリル、シスター、ホラー映画という単語だけを並べるとばらばらに見える。けれど会話の中では、「何に惹かれるか」をたどる線になっていた。かわいいものが好きという入口から、衣装のギャップ、雰囲気のある作品、怖いものの見方へつながっていく。絵柄は完成した画面だけで決まるのではなく、普段何を見て、何に引っかかっているかで育つのだと感じられる流れだった。
視聴者質問で出た「影響を受けたイラストレーターや漫画家」の話も、この線を補強している。配信1時間2分台では、ももしき先生がCLAMP、その中でも『ちょびっツ』、さらに『カードキャプターさくら』に触れていた。フリルのあるかわいい衣装、獣耳が好きという感覚には『デ・ジ・キャラット』や絵本『ちびねこ』の影響もあると話しており、今の絵柄に染み込んだ要素が具体的に見えた。
この場面は、創作を始めたばかりの人にも分かりやすい。影響を受けた作品を挙げる時、絵柄を写したという話にはなっていない。ふわふわした髪、猫耳、フリル、かわいさと儚さのような感覚が、自分の中に残っているという話だ。好きな作品がどの部分で自分に残るのかを言葉にしているので、作品名リストよりずっと聞きやすい。
斎木こまりと瀬兎一也の反応も良かった。驚いたり、分かると返したり、資料や過去作のイメージを思い出しながら受けていく。ゲストの話を聞くだけではなく、自分たちの知っている作品や好きな方向を重ねるので、会話が一方通行にならない。専門用語で固めるのではなく、好きなものを見せ合うように進む。
配信の流れとしては、ホラー映画の話が少し長く寄り道する。絵の企画なのにホラー映画の話が続くので、短く切り取ると脱線に見えるかもしれない。ただ、最後の感想で「絵のことを無限に喋ろうと思ったら雑談になった」「ホラーとかアイスとか」と笑っていたように、この寄り道自体が今回の回らしさになっていた。創作の話は、手順や技術だけでできているわけではない。好きな作品、怖いと思うもの、つい語ってしまうものまで含めて、その人の絵を支えている。
記事として補足するなら、この章は「かわいい絵の人がかわいいものを語った」だけではない。かわいいものを描くために、かわいいだけを見ているわけではないという話だ。ももしき先生の話では、獣耳やフリルの源泉と、ホラー映画の好みが同じ会話の中に置かれていた。だから、完成したイラストの明るさを見る時にも、その裏にある好きなものの層を少し想像しやすくなる。
特に、影響を受けた作品の話は、作品名だけをメモするよりも「どの要素が残っているのか」を見る方が楽しい。『ちょびっツ』や『カードキャプターさくら』の名前が出た時、配信では衣装やかわいさの方向が一緒に語られていた。『デ・ジ・キャラット』や『ちびねこ』についても、獣耳やふわふわした髪、猫の女の子への印象が中心になる。つまり、影響は絵柄の表面をなぞるものではなく、好きな質感やモチーフとして残っている。
ここで斎木こまりたちが驚いたり笑ったりする反応も、配信の読みやすさを作っていた。影響元の話は、知識がないと置いていかれやすい。けれど、進行側が「そうなんだ」と受け、少しずつ自分たちの知っている文脈へ引き寄せるので、視聴者も一緒に聞ける。作品名を知らなくても、ももしき先生が何をかわいいと思っているかは伝わる。
シスター衣装の話も、単なる衣装名では終わらない。見た目として好き、清らかな印象があるからこそ少し怪我をしているような絵にも惹かれる、といった方向へ進む。ここには、かわいさと少し不穏なものを同じ画面へ置く感覚がある。ホラー映画の話へ広がったのも、会話の流れとして無理がなかった。怖いものを好きな人が、かわいい絵を描く。その組み合わせが、ももしき先生の創作の幅を感じさせた。
だから、この配信を初見で見るなら、技術的な上手さだけを探すより、話題の飛び方を楽しむ方が合っている。どの作品からどのモチーフが残っているのか。どの衣装のどこに惹かれるのか。ホラーの何を面白がっているのか。そうした小さな好みの断片が、ゲスト紹介よりも濃く本人像を伝えていた。
ラフ・線画・塗りを分けた合作が、会話を動かしていた

配信10分台では、今回の合作の役割分担が説明される。瀬兎一也がラフを担当し、斎木こまりが線画、ももしき先生が最後の塗りを担当する。瀬兎一也にとって、こまこませっとでラフを担当するのは初めてだという話も出ていた。ここで、単にみんなで絵を描くのではなく、工程ごとに担当を変える企画だと分かる。
この分担があるおかげで、配信の会話は動きやすくなっていた。ラフを描く人、線を拾う人、最後に塗る人が違うと、同じ絵を見ても注目点が変わる。ラフでは全体の勢いや衣装の方向を見て、線画では形の整理を見て、塗りでは光や色のまとまりを考える。画面には一枚の絵が出ているが、実際には三つの視点が重なっている。
完成絵だけを見れば、かわいいシスター風の衣装でまとまったイラストとして受け取れる。けれど配信中に見ると、そこへ至るまでの会話が大きい。どんな衣装にするか、シスター感をどう出すか、ホラーの話に引っ張られすぎないか、初ラフとしてどう進めるか。雑談をしながらも、画面上では少しずつ決定が積み重なっていく。
瀬兎一也の初ラフ担当という要素も、配信の緊張をやわらかくしていた。初めてだからこそ、周囲が見守る感じがある。斎木こまりは線画で受け取り、ももしき先生は塗りで仕上げる。誰か一人の技術を見せるだけではなく、次の工程へ渡すためにどう線を置くか、どう受け取るかが見える。創作を分業として見る入口になっていた。
この方式は、視聴者にとっても分かりやすい。普段イラストを見慣れていない人でも、「ラフ」「線画」「塗り」が別の工程だということは把握しやすい。画面の変化もはっきりしている。荒い形が整い、線が締まり、色が入る。配信中の会話と合わせると、絵ができていく様子を工程ごとに理解できる。
一方で、今回の配信は完全な技術講座ではない。質問に答えたり、ホラー映画やアイスの話へ寄り道したりしながら進むため、手順を集中して学びたい人には少しゆるく感じるかもしれない。ただ、そのゆるさがこまこませっとの入り口としては効いている。創作を「正しい手順の解説」ではなく、「話しながら手を動かす遊び」として見せているからだ。
終盤1時間59分台には、完成確認の流れがある。かわいい、最高、と反応が返り、ももしき先生は絵の話をもっとしたかったが雑談になったと笑う。ここで配信全体の性格がよく出ていた。たしかに絵の技術だけを詰める回ではなかった。しかし、雑談を挟みながらも、最後には一枚のイラストができあがっている。創作企画としては、そのゆるい到達感が伝わりやすかった。
この合作で特に良かったのは、完成品を高く掲げすぎないところだ。もちろんイラストは完成するし、画面上の変化も楽しい。ただ、配信が見せているのは「すごい絵ができた」だけではなく、描きながら会話する時間そのものだ。質問が来る、好きな作品の話をする、ラフを渡す、線を入れる、塗る。そうした作業のあいだに、創作の敷居が少し下がる。
配信後半で、次回ゲストへのお題として「ダイナー衣装」が出たのも、この企画の連続性を感じさせる。今回の合作で終わりではなく、次のゲストへ衣装のお題を渡していく。アメリカンなカフェ、サンバイザー、お腹が少し見えるような衣装案といった具体が出て、次回もまた別の絵が生まれる予感を残していた。
ライブドローイングとして見ると、今回の分担は視聴者の視線も分けてくれる。ラフの段階では、絵の完成度よりも「どんな方向へ行くのか」を見る。線画では、ラフの曖昧な部分がどこで整理されるかを見る。塗りでは、色が入ることで衣装や表情の印象がどう変わるかを見る。工程ごとに注目点が変わるため、長い配信でも同じ画面をただ眺めているだけにはなりにくい。
また、担当が変わることで、相手の線をどう受け取るかも見える。自分一人で描く時は、頭の中の意図に合わせて修正できる。けれど合作では、ラフを描いた人の意図を線画担当が読み、さらに塗り担当が画面全体の印象へ落とし込む。ここには、配信内で話していた「くみ取り力」にも近いものがある。仕事の話と合作の進行が、別々の話題でありながら少し重なって見えた。
絵を描かない視聴者にとっても、この工程の切り替わりは分かりやすい。ラフは荒いから失敗ではない。線画はラフをなぞるだけではない。塗りは色を置くだけではなく、絵の印象を決める工程でもある。そうした基本が、説明口調ではなく画面の変化で伝わる。創作企画として、この見せ方は親切だった。
最後に完成した時の反応も、配信の締め方として気持ちよかった。大げさな採点ではなく、かわいい、最高、楽しかったという軽い言葉で受ける。初ラフ担当だったこと、シスター衣装が新鮮だったこと、もっと絵の話をしたかったことが笑いながら回収される。完成品の質を褒めるだけでなく、その場で一緒に描いた時間を振り返っているのが良かった。
仕事の話は、武勇伝よりも現実感が強かった

中盤から後半にかけては、ももしき先生がイラストレーターになったきっかけや、フリーランスとして仕事をしてきた話も出る。配信の字幕では、自分は最初からイラストレーターになるつもりではなかったこと、別の仕事をしながら絵の仕事が増えていったこと、ゲーム系の仕事も多かったことが語られていた。ここは、華やかな実績紹介というより、仕事として絵を続ける現実の話に近い。
印象的だったのは、絵を仕事にすることを大げさな夢物語として扱わないところだ。仕事が増えてきた、会社勤めをやめたかった、フリーランスでやっていけそうだと思った。そうした話が、飾らない言葉で出てくる。もちろん今の実績につながる歩みではあるが、語り口は武勇伝ではない。視聴者にとっても、遠い成功談ではなく、仕事が積み上がっていく過程として聞きやすい。
1時間52分台には、仕事で大事な力として「組み取り力」に近い話も出ていた。相手の意図をくみ取り、柔軟に対応することが、仕事として絵を受ける時には必要になる。お金を取るなら、絵そのもののうまさだけでなく、依頼者の要望を理解し、やり取りできる力が求められる。これは創作配信の中でも実務に踏み込んだ話だった。
この話が重くなりすぎないのは、斎木こまりと瀬兎一也が、自分たちも絵の仕事や活動の感覚を持って聞いているからだ。完全な聞き手ではなく、同じ創作側の人としてうなずく。だから、一般論としての「フリーランス論」ではなく、絵を描く人たちが現場の感覚を確かめ合っているように聞こえる。
また、仕事の話は「全部がんばればいい」という方向には進まない。仕事、同人、創作を全部入れると量がおかしくなるという話や、全部に力を入れてしまう悩みも出ていた。これは、創作が好きな人ほど分かりやすい悩みだと思う。好きだから手を抜けない。手を抜けないから量が重くなる。でも、その熱量が仕事につながることもある。単純に良い悪いで切れない部分が残っていた。
視聴者質問への答え方も、講義というより会話だった。イラストレーターになりたい人へ向けて手順を示すというより、ももしき先生自身の場合はこうだった、と話していく。だから、記事として読む時も「こうすれば成功する」というノウハウ記事にはしない方が合っている。むしろ、創作の仕事は人によって入り方が違い、偶然や環境や当時のプラットフォームにも左右されると受け取る方が近い。
この現実感は、こまこませっとの企画性とも相性がいい。創作の楽しさを伝える企画でありながら、ただ楽しいだけではなく、仕事として受ける時の難しさも少し見せる。とはいえ重くなりすぎない。雑談、質問、合作が混ざっているため、現実的な話が出ても配信全体は明るいままだった。
初見者向けに補足すると、こうした仕事の話は、絵の専門家でない人にも見る価値がある。依頼の意図をくみ取る、作業量を考える、名前が出る仕事と出ない仕事の違いを意識する。これはイラスト以外の制作にも通じる。こまこませっとが創作の入口として機能しているのは、技術そのものだけではなく、制作を仕事にする時の考え方まで少し見えるからだ。
この章で強く感じたのは、斎木こまりたちが「仕事としての絵」を特別視しすぎないことだ。もちろん、プロの現場には技術も責任もある。けれど配信では、絵を描くのが好き、仕事が来る、量が増える、やめてもいいかなと思う、名前が載るかどうかを気にする、というように、生活に近い言葉で話されていた。華やかな実績より、日々の判断の積み重ねとして聞ける。
名前が載る仕事と載らない仕事の話も、創作の見え方に関わる。外から見える実績だけが、その人の仕事の全部ではない。ゲーム系の仕事や、当時のクリエイター登録サイトの話に触れながら、表に出る仕事と出にくい仕事があることも見えていた。配信内では深刻に掘り下げすぎないが、イラストレーターの経歴を読む時の前提として覚えておきたい話だった。
全部に力を入れてしまう悩みも、創作企画らしい重みがある。仕事の絵、同人の絵、趣味の絵、それぞれの力配分は簡単ではない。クオリティを落としたくない気持ちは、見る側にとってはうれしいが、描く側には負荷にもなる。ももしき先生の話は、その両方を同時に含んでいた。結果的に仕事につながることもあるが、続けるには体力や時間の配分も必要になる。
ここまで聞くと、合作の進行や次回お題の出し方も少し違って見える。創作は楽しいが、楽しいだけでは終わらない。依頼を受けるなら相手の意図を読む必要があるし、イベントに出るなら原稿の締め切りがある。こまこませっとは、その現実を少しだけ見せながらも、配信の表情は明るく保っている。そこが、重すぎない創作談としてのバランスになっていた。
ファンアートと流行ネタへの答えが、活動者との距離をほどく

終盤1時間55分台には、活動者やクリエイターから見て、流行っているミームやネタをファンに先に描かれるのは困るのか、という質問が読まれていた。たとえば、本人たちがこれから投稿しようと思っていたネタをファンが先に描いたらどう感じるのか、という内容だ。配信内では、ファンアートとしてどんどん見たい、全然困らないという方向で答えが返っていた。
この質問は、地味に大事だと思う。ファンアートを描く側は、活動者本人のネタを奪ってしまうのではないかと気にすることがある。特にショート動画や流行ネタは、タイミングが早いほど強いので、先に描いていいのか迷いやすい。配信では、その不安に対して、むしろ見たいし、場合によっては声をかけて音声を付けてもいいか聞くこともある、というような前向きな話が出ていた。
もちろん、これはすべての活動者に当てはまる一般ルールではない。権利や二次創作ガイドライン、本人の方針はそれぞれ違う。けれど今回の配信に限れば、少なくともこまこませっとの会話では、ファンがネタを拾うことを好意的に受け止めていた。創作を楽しんでほしいという企画の目的ともつながる答えだった。
この場面が良いのは、活動者とファンの距離を無理に近づけすぎないところだ。何でも自由にしていい、という雑な話にはならない。質問の前提を確認しつつ、自分たちの場合は困らない、見たい、という形で返している。距離を詰めるというより、迷いやすい部分を少しほどく答え方だった。
配信全体を振り返ると、ここまでに何度も「好きなものを描く」「仕事として描く」「人に見せる」「次の人へお題を渡す」という話が出ている。ファンアートの質問は、その最後に置かれることで、視聴者側の創作にも話を戻してくれる。ゲストのすごい経歴を聞いて終わりではなく、見ている側も何か描いていいのだと感じられる位置にある。
終盤には、完成イラストへの反応、次回お題のダイナー衣装、ももしき先生からの告知も続いた。大阪での展示や、6月7日のコミティアへ向けた原稿の話が出ており、配信後に追うべき導線も残っている。概要欄にはゲストのXリンクもあるため、今回の話で気になった人は、まずそこから最新告知を確認するのがよさそうだ。
この回は、きれいに整理された講座ではない。絵の話をしようとして、ホラー映画やアイスの話に寄り道し、作業しながら笑い、最後に「もう一回、絵の会をやりましょう」となる。少し長いアーカイブではあるが、その長さの中に、創作を続けている人たちの雑談の厚みがあった。技術だけを抜き出すより、好きなもの、仕事の感覚、ファンとのやり取りが一緒に見えるところに、この第10回の良さがある。
記事として一段で回収するなら、こまこませっと第10回は「絵を描く人の机を、横から一緒に見せてもらう」配信だった。ももしき先生の獣耳や衣装の話は絵柄の根っこを見せ、仕事の話は創作を続ける現実感を出し、合作は工程を分ける面白さを画面で見せた。配信後半のファンアートの答えまで含めて、創作を特別な人だけのものにしすぎない、やさしい入口になっていた。
次に追うなら、ももしき先生のXで展示やイベントの告知を確認しつつ、こまこませっとの次回お題「ダイナー衣装」がどう描かれるかを見るのが分かりやすい。今回の配信で出たお題は、次回のゲストへ受け渡される。企画を単発で見ても楽しいが、お題が回っていく形式を追うと、シリーズとしての面白さがもう少し見える。
斎木こまりの記事として見るなら、前日の個人お絵描き配信とは別の魅力がある。前日の作戦会議回では、自分の制作をどう本にするか、どうラフへ落とすかが中心だった。今回は、ゲストを迎えて創作の話を聞き、合作で画面を作り、質問で視聴者側の迷いにも触れる。どちらもお絵描き配信だが、前者は自分の机、後者は人を招いた作業部屋という違いがある。
そう考えると、今回の第10回は「斎木こまりが描く回」というより、「斎木こまりが創作の場を開く回」だった。自分の絵を見せるだけではなく、ゲストの好きなものを聞き、瀬兎一也の初ラフを受け、ももしき先生の塗りへ渡す。視聴者の質問もその場へ入ってくる。創作を一人の技術に閉じず、会話と分担の中で見せる。その点が、単なるゲスト雑談よりも記事にして残したいポイントだった。
