兎鞠まりの2026年6月1日夜公開アーカイブ「【R.E.P.O.】OWのやりすぎ自称ヒーロー達によるお宝回収!【わンころ/天羽衣/所場/Δ.DELUTAYA / #とまライブ】」は、ホラー寄りのお宝回収ゲームを、にぎやかなコラボ会話で押し切る約2時間43分の配信だった。概要欄では、わンころ、天羽衣、所場、Δ.DELUTAYAの各YouTubeチャンネルと、Steamの『R.E.P.O.』ページが案内されている。
この回は、怖さそのものよりも、複数人で荷物を運ぶ時の判断のズレが面白い。序盤は、モンスターに分断されながらもマグカップやテレビのような小物を運ぶ。中盤は、ショップで体力や腕力、乗り物やカートを試しながら役割が少しずつ決まる。終盤は、キャノンやオーブ、地雷、巨大な荷物、味方の事故が重なり、HP1の状態でも「1人でも生き残れば勝ち」という方向へ寄っていく。
記事タイプとしてはゲーム配信の記事だ。この記事では、公式YouTubeアーカイブ、自動字幕、動画概要欄、公式YouTubeチャンネル、公式X、概要欄に掲載された各参加者の公式YouTube導線、Steam公式ページを確認元にして、配信の流れを場面単位で整理する。体験的具体例としては、序盤に二手へ分かれて回収物を探す場面、ショップで誰が回復や強化を使うか相談する場面、カートやキャノンで味方を助けるつもりが事故に近づく場面、終盤にHP1でも帰還を優先する場面を中心に見る。
この配信を後追いで見るなら、細かな攻略名を覚えるより「誰が何を持つか」「危ない時に戻るか進むか」「買ったアイテムをどう使うか」を追う方が分かりやすい。ゲーム画面は暗めで、敵も急に出てくる。けれど、兎鞠まりたちの会話はずっと軽く、怖い状況をすぐツッコミや確認へ変えていく。その差が、このコラボの見やすさになっていた。
食われたところから始まる、分担と回収の手探り

配信冒頭は、音声や参加者の準備を軽く確認したあと、すぐゲーム内の状況へ入る。自動字幕では「みんなものお腹の中にいます」「2人食べられてる」といった言い方が出ており、開始直後からただの探索ではなく、誰かが危ない位置にいることが伝わる。ここで兎鞠まりたちは、いきなり全員で整然と動くのではなく、目の前の状況を声で確認しながら動き出していた。
『R.E.P.O.』は、暗い施設の中で価値のある物を探し、壊さないように運び、モンスターを避けながら納品するゲームだ。概要欄にSteam公式ページが載っているため、配信外の確認元としてもゲーム自体の導線は分かる。今回の配信では、ゲーム説明を長く置くより、実際の声で仕組みを覚えていく形だった。ゴールすると回復する、物は壊れると価値が落ちる、持てる重さや体力が重要になる、といったルールが、プレイ中の会話から少しずつ出てくる。
序盤で目立つのは、小物の扱いだ。マグカップ、テレビ、バケツのようなものを見つけ、「これ入れない」「これ持ってこ」と確認しながら運ぶ。高価なものを一つ見つけて終わりではなく、細かい物も拾い、納品口へ持っていく必要がある。物が壊れることもあり、誰が持つか、どこで落とすか、先に戻るかがその場で問題になる。
一つ目の体験的具体例は、視界が悪い場所で「今あるものだけ」を判断する場面だ。配信序盤では、全体の地図を完璧に見て動く余裕はあまりない。誰かが「時計」「テレビ」「バケツ」と声を出し、別の人が「こっち入れられる」「一回入れに行こうか」と返す。プレイヤーが暗い部屋で小物を見つけ、持ったまま敵の声を聞き、壊される前に戻るかどうか考える。その小さな迷いが、ゲームの面白さを分かりやすくしていた。
序盤の会話は、怖さをまっすぐ怖がるだけではない。敵がいる、やばい、帰ってきている、と焦る声が出る一方で、「これでもおしゃれだよ」「足だ」「角欲しいな」と、キャラクターの見た目や装備への軽い反応も入る。ホラー寄りの画面に対して、会話の温度がかなりラフだ。そのため、初見でも重くなりすぎずに見られる。
このラフさは、複数人コラボの利点でもある。一人が焦っている時、別の人が別の物を見つける。一人が敵から逃げている時、別の人が納品口の場所や回復の仕組みを説明する。兎鞠まりはその間で、状況を拾い、戻る判断を出し、時々まったく別の小物へ気を取られる。全員が同じ目的を見ているが、見ている画面はそれぞれ違う。そのズレが配信の会話を動かしていた。
10分台には、ゴールすると体力が回復するという説明が入り、誰かが帰ること自体にも価値が出てくる。敵を避けて長く探索するだけではなく、戻るタイミングを考える必要がある。自動字幕でも「ゴールすると50回復する」「みんなで回復だね」といった流れが確認できる。これは後半の「1人でも生き残れば勝ち」という判断にもつながる、かなり大事な前提だった。
また、12分台には、ふわっと浮くようなアイテムや、ドローンでくっつけられる上位互換の話が出る。まだ全員が装備を使いこなしているわけではないが、拾ったものや買えるものの性能が少しずつ見えてくる。序盤の回収は、ただのチュートリアルではなく、後半で使う道具の会話を先に置く時間にもなっていた。
この回で兎鞠まりがよくしていたのは、分からないことをそのまま声に出すことだ。「何これ」「これ入れない」「敵いるかも」「どうやって上がったの」といった短い確認が多い。攻略情報としては粗いが、ライブ配信としてはかなり見やすい。視聴者は、画面内で何に困っているのかを声から追える。暗いゲームでは、こうした言葉があるだけで状況の把握がかなり楽になる。
20分台には、納品口が複数あること、タブやマップで場所を確認できること、近くに敵がいる時は先に入れに行った方がよいことが会話に出る。ここで少しずつ、探索の雑さが戦略へ変わり始める。全部を拾ってから戻るのではなく、壊されるくらいなら先に入れる。敵の気配があるなら、いったん安全な側へ寄る。そうした判断は、ゲーム経験がなくても想像しやすい。
二つ目の体験的具体例は、「高い物を持っている時ほど引き際が難しくなる」状況だ。小物なら失っても痛みは小さいが、大きなテレビや高そうな物を持っていると、敵に会った瞬間に逃げ方が変わる。落とすのか、持ったまま走るのか、仲間に渡すのか。今回の配信では、そうした判断が何度も曖昧なまま始まり、会話の中で決まっていく。ここに、コラボ配信らしい生っぽさがあった。
序盤の終わりには、体力の少なさや回復の配分も問題になり始める。誰が回復を飲んだのか、誰が最後でいいのか、力持ちになるアイテムを誰が使うのか。敵の怖さだけでなく、味方内で資源をどう分けるかが出てくる。ゲームの本題が、単純な逃走からチーム内の相談へ移っていく場面だった。
この最初の30分ほどは、大きな成功よりも、ゲームの感触を共有する時間として面白い。暗い部屋、壊れやすい小物、納品口、回復、敵の接近、まだ慣れていない移動。兎鞠まりたちは、それぞれの画面で見えたものを声にして、少しずつ同じ地図を作っていく。後半の派手な事故や帰還は、この手探りがあるから分かりやすくなる。
ショップと装備で、役割が少しずつ見えてくる

30分台から50分台にかけて、配信はショップや装備の話が増える。買い物をして、体力を上げるのか、腕力を上げるのか、回復を持つのか、カートのような道具を使うのかを決めていく。序盤の「何を拾うか」から、中盤は「誰が何を担うか」へ視点が変わっていった。
自動字幕では、最大体力、腕力、重い物を持てるようになる話、ショップで死ぬことがあるという驚き、回復を誰が飲むかの相談が見える。『R.E.P.O.』では、回収物を運ぶための身体能力や道具がかなり重要になる。軽い物を素早く運ぶ人、大きい物を持つ人、危ない時に敵へ対応する人、カートで運搬を支える人。それぞれが完全に固定された役割ではないが、買い物を通じて向き不向きが出てくる。
ここで兎鞠まりが面白いのは、装備を合理的に選ぶだけでなく、見た目や使い心地にも反応することだ。足や角、耳のようなカスタマイズ要素に「いいな」「欲しいな」と声が出る。怖い施設でお宝を運んでいるのに、装備のかわいさや見た目も話題になる。ゲームの効率と、アバターをいじる楽しさが同じ画面に並んでいた。
三つ目の体験的具体例は、ショップでの回復や強化を「今飲むか、後に残すか」考える場面だ。回復を先に使えば安心して探索できる。しかし、後半で本当に危なくなった時に残っていないかもしれない。強化を誰が使うかも同じで、重い物を運ぶ人が飲む方がよいのか、動き回る人が使う方がよいのか、その場の流れで相談する。配信では「2人ぐらいしか飲んでないよね」「最後でいいよ」「飲んじゃおう」といった声が続き、資源配分の迷いが見えた。
この相談は、競技的な作戦会議ほど硬くない。むしろ、誰かがノンタイムで飲む、誰かがプレゼントしようと思った物をなくす、別の人が「これこっちにあるよ」と拾う。きれいに整ったチームプレイではなく、少し雑な連携が積み重なる。そこが、今回のコラボの良さだった。タイトルに「OWのやりすぎ自称ヒーロー達」とあるが、実際の動きはヒーロー的な完璧さより、仲間同士の声かけでどうにかする方向に近い。
50分台には、カートや大きなピアノのような回収物が話題になる。奥に超でかいピアノを納品できる、まだ足りない、ちっちゃいものでもいいから欲しい、といった流れが出る。大きな物を運べば一気に稼げるが、運ぶのも守るのも大変だ。ここで道具の価値がはっきりする。単に物を拾うだけではなく、どう運ぶかがゲームの中心になっていく。
カートの扱いも、配信の中ではかなり重要な小道具だった。うまく使えば運搬が楽になるが、敵や味方との位置関係が悪いと事故にも近づく。自動字幕では「カートがない」「カートキャノンみんなのために」「カートですけど」「事故、事故」といった断片が後半まで何度も出る。道具は便利だが、複数人が同時に動く場面では、便利さと混乱が隣り合っている。
この章で拾いたいのは、兎鞠まりたちが少しずつ役割を覚えていく過程だ。最初から誰かがリーダーとして全部を指示するわけではない。敵が出たら逃げる人、物を持つ人、回復を気にする人、キャノンを探す人、迷子になりかける人が、その場で入れ替わる。配信後半に「このメンバーだと甘いてママになるんだね」というような会話が出るのも、役割が固定ではなく、場面によって変わっているからだ。
中盤では、モンスターを倒すと魂のようなものを落とす話も出る。逃げるだけでなく、倒すことにも意味がある。ただし、倒しに行けば当然危ない。回収物を持っている時に敵へ向かうのか、いったん逃げるのか、キャノンや道具を使うのか。ここでも、判断は一つではない。配信を見ていると、ゲームの怖さは敵の見た目だけでなく、「この判断で物や仲間を失うかもしれない」というところにもある。
この怖さを、兎鞠まりたちは会話でかなり柔らかくしていた。敵の見た目が気持ち悪い、ショップで死ぬことがある、知らない人の声がする、急にホラーゲームになる、といった反応が出ても、すぐ誰かが別の話題やツッコミを返す。怖い場面を怖いまま引っ張りすぎないため、アーカイブとして見返しやすい。
一方で、軽いだけでもない。誰かの体力が少ない、敵が近い、荷物が壊れそう、納品額が足りないという状況では、会話の速度が上がる。ここで「大丈夫、大丈夫」と声をかける場面が何度もある。ゲーム内の危機を共有しながら、配信の温度は明るく保つ。そのバランスが、兎鞠まりのコラボ配信らしい部分だった。
60分台以降は、ステージの規模も少しずつ大きく感じられる。どこに納品口があるのか、敵の種類は何か、回収物はまだあるのか、次に買うべき物は何か。全部を整理して追うのはやや大変だが、声の焦点を「帰れるか」「足りるか」「誰が持つか」に絞ると分かりやすい。この記事でも、細かなルートより、その判断の変化を中心に置く方が自然だ。
中盤の良さは、道具や装備がただの説明ではなく、すぐ事故や笑いにつながることにある。強化を飲んだら重い物を持てる。カートに乗れば移動が変わる。キャノンがあれば敵へ対応できる。しかし、それらはすべて、味方との距離やタイミングが合わなければうまくいかない。ここに、複数人ゲーム配信の面白さがよく出ていた。
このあたりで初見者向けに補っておくと、『R.E.P.O.』は単にうまい人が正解ルートを走るだけのゲームではない。むしろ、物理挙動や敵の動き、味方の位置によって、毎回少し違う事故が起こる。配信中の「今のタイミングじゃない」「壊れる」「落としたけど」「どこにある」という声は、その不確定さをそのまま表している。攻略メモとして整えすぎると、この回の騒がしさが消えてしまう。
だから、中盤は「上手くなった」とだけ書くより、相談の内容が増えたと見る方が合っている。序盤は拾うか逃げるかだった。中盤は、誰が回復するか、何を買うか、どの道具を使うか、どの荷物を優先するかになった。ゲームへの理解が進むほど、迷いも増える。その増えた迷いを、兎鞠まりたちは笑いながら処理していた。
キャノン、オーブ、地雷で事故が重なった終盤

1時間40分台から2時間20分台にかけて、配信はかなり騒がしくなる。妖精のような状態、オーブ、カートキャノン、ショックウェーブマイン、アヒルや自転車のように見える敵、巨大な荷物、虫のような敵が次々に出てくる。自動字幕は誤認も多いが、少なくとも、道具と敵と味方の動きが一気に増えていたことは分かる。
この終盤で印象に残るのは、便利な道具ほど事故の入口にもなることだ。キャノンは敵を撃てる。オーブは運べる。カートは荷物や味方の移動を助ける。けれど、使う場所や角度を間違えると、敵を止める前に味方が混乱する。兎鞠まりたちは「ナイス」と言った直後に「来るな」「虫来るな」「事故」と声を上げる。成功と失敗が数秒単位で入れ替わっていた。
四つ目の体験的具体例は、道具を使っているつもりが、味方の安全確認まで必要になる場面だ。キャノンで敵を撃つなら、前方に誰がいるか、荷物はどこにあるか、撃ったあとに敵がどちらへ動くかを見なければならない。オーブを運ぶなら、自分だけでなく周囲の移動も考える。カートを動かすなら、乗っている人や近くの敵にぶつからないか気にする。配信中の「みんなのために」と「やばい」が近くに並ぶのは、このゲームらしい事故の出方だった。
1時間50分台には、回復や体力の話が再び出る。100まで戻って大丈夫、色に合っている、ママになる、といった会話が続き、危ないゲームの中でも参加者同士の関係性が見える。誰かを助ける、誰かに任せる、誰かが前に出る。その判断が、単なる役割分担ではなく、会話のノリとしても表れていた。
2時間0分台には、オーブを運ぶ場面がかなり分かりやすい。自動字幕では「オーブが通りますよ」「まりちゃん今遊んでたよね」「2度漬けしたらおいしいかなって」のような、ゲームの本筋から少し外れた冗談も見える。危険な場面の最中でも、物を運ぶ動きそのものを遊びに変える。この軽さがあるから、終盤の連続事故も重くなりすぎない。
ただし、敵の処理はかなり真面目に必要だった。虫のような敵が来る、キャノンをどこに置く、チャージする、撃つ、ナイスと確認する。こうした流れは、配信の中で何度も繰り返される。暗い通路で敵が迫る時、ただ逃げるだけでは荷物が運べない。道具を使い、仲間を待ち、納品口まで戻る必要がある。ここは、見ている側にも手順の忙しさが伝わる。
2時間8分台には、「命よりお金を掴むの大正解」というような冗談が出る。これは、このゲームの本質をかなりよく表している。生き残ることは大事だが、回収ゲームなので、お金になる物を持って帰らないと進まない。危ない時に自分を守るか、荷物を守るか。プレイヤーが実際に遊んでも迷いやすい判断だ。配信では、その迷いが笑いとして出ていた。
五つ目の体験的具体例は、危険な敵がいる時に「人を助けるか、荷物を守るか、先に帰るか」が同時に迫る場面だ。味方が倒れそうでも、手に持っている物を捨てるとノルマに届かないかもしれない。荷物を運ぼうとすると、自分が敵に捕まるかもしれない。先に帰れば回復や成功に近づくが、残った味方が危ない。兎鞠まりたちの終盤は、この判断が何度も重なっていた。
2時間12分台には、ショックウェーブマインらしき話題が出る。踏んだら危ない、弱そうに見えて危ない、誰かが地雷を踏んだ、という流れがあり、敵だけでなくステージ上の罠も問題になる。ホラーゲーム的な怖さは、急に出る敵だけではない。何気なく置かれた物や、触ってはいけないものが、味方全体の流れを崩す。
このあたりでは、同じ敵や罠に対する反応が少しずつ変わるのも面白い。最初は何が起きたか分からない。次に、触ると危ないと分かる。さらに、誰かがまた触りそうになると止める。視聴者は、配信者たちと一緒に失敗からルールを覚えていく。攻略済みの人なら笑って見られるし、初見なら「今ので何が起きたのか」を会話から拾える。
2時間18分台には、自転車やアヒルのように呼ばれる敵の話も出る。正式名称ではなく、その場で見えた姿から名前がつく。これもコラボ配信ではよくあるが、今回のように画面が暗く、敵の種類が多いゲームでは特に効いている。正式名称を知らなくても、「アヒルいる」「自転車強い」と言えば、いま何に困っているかが伝わる。
終盤の事故は、全員の連携が悪いから起きるというより、ゲーム側がそもそも事故を起こしやすい。物理挙動、暗い視界、重い荷物、複数人の移動、敵の接近、罠。これらが同時にあるため、完璧な計画を立ててもどこかで崩れる。兎鞠まりたちは、崩れた瞬間をすぐ笑いに変えつつ、次の納品や帰還へ戻っていく。
ここで、記事としての整理価値が出る。配信をそのまま見ると、とにかく騒がしい。しかし、場面を分けると、序盤は回収の理解、中盤は装備と役割、終盤は道具と事故、最後は帰還判断へ進んでいる。騒がしさの中にも、ゲーム理解が段階的に増えている。単に悲鳴や笑いを拾うより、この流れを見るとアーカイブが追いやすい。
また、終盤では「敵のダメージより味方のダメージが多い」といった冗談めいた反応も出る。これは、協力ゲームでよくある感覚だ。敵にやられるより、味方の移動や道具の使い方、物の落とし方で状況が悪くなる。悪意があるわけではないが、結果として一番危ないのが味方の行動になる。このあたりの笑いは、コラボゲーム配信の定番に近いが、今回の配信でもかなりよく出ていた。
終盤の配信を見返す時は、誰が失敗したかを責める方向ではなく、事故が起きたあとに会話がどう戻るかを見る方が楽しい。兎鞠まりたちは、やらかしをそのまま引きずらず、次の荷物、次の敵、次の帰還へ声を切り替える。これがあるから、長めの配信でもテンションが落ちにくい。失敗が次の会話の材料になっていた。
HP1でも帰る、最後に残ったコラボの騒がしさ

2時間24分台以降、配信はいよいよ帰還の判断が強くなる。誰かが落ちそうになる、敵のダメージより味方のダメージが多いのではないかと笑う、荷物が高い、誰かが死んでいる、爆弾が来る。細かな状況はめまぐるしく変わるが、会話の軸は「戻れるか」「誰が生き残るか」へ寄っていく。
この終盤で最も分かりやすい言葉は、「1人でも生き残ってる勝ちだからね」という判断だ。お宝回収ゲームとしては、全員がきれいに帰るのが理想だ。しかし、状況が崩れると、まず誰かが生きて戻ることが勝ち筋になる。自動字幕では、1人死んだ、うちらが生き残るしかない、まっすぐ行け、ナイス、といった流れが確認できる。ここは配信の大きな山だった。
六つ目の体験的具体例は、HP1や低体力のまま出口へ向かう場面だ。体力がある時は、もう少し拾うか、もう一部屋見るかと考えられる。しかし、HP1に近い状態では、敵の一撃や罠一つで終わる。荷物を持つ手も、仲間を助けたい気持ちもあるが、まず帰らないと成果が残らない。兎鞠まりたちが「行け、行け」「まっすぐ」と声を重ねる終盤は、その焦りがかなり伝わる。
ここでよかったのは、成功の形が豪華な完全勝利ではないことだ。誰かが倒れ、誰かが荷物を持ち、誰かが出口を急ぎ、ぎりぎりで帰る。それでも、生き残れば勝ちだと受け止める。ゲーム配信では、完璧な攻略より、崩れた状況からどう締めるかの方が印象に残ることがある。今回の終盤はまさにそのタイプだった。
2時間30分台には、普通に急にホラーゲームになったという反応も出る。ここまで冗談と事故で軽く見えていたが、最後はやはり怖い。重すぎる荷物、見えない敵、怒りのこもった攻撃、4人が同じ敵にやられているという話。笑いながらも、画面上の緊張はかなり高い。兎鞠まりたちは、その怖さを声量とツッコミで受け止めていた。
この場面では、味方を置いて帰るかどうかの判断も出る。もちろん、実際にはゲーム内の状況としての判断だが、配信の会話としてはかなり盛り上がる。助けたい、でも帰らないと全員の成果が消えるかもしれない。こうした協力ゲーム特有の苦い判断を、兎鞠まりたちは大きなドラマにしすぎず、笑いと焦りの間で処理していた。
2時間36分台には、出口へ向かう声が重なり、なんとか帰還へつながる。自動字幕では「行け、行け、行け」「ナイス」「生き残れば勝ち」といった短い言葉が続く。文章にすると単純だが、配信で見ると、長い探索と事故の積み重ねがあるため、この短い帰還がかなり強い。全員が完璧ではないからこそ、出口に入った瞬間の安心が大きくなる。
帰還後は、買い物や装備の話、見た目への反応、そして今日の配信を終える流れへ入る。2時間42分台には、今日少し多めに話せてよかった、というような締めの会話も出る。これは、ゲームの結果だけではなく、コラボとしての時間を振り返る言葉だった。『R.E.P.O.』の怖さや事故を通して、参加者同士の会話が増えたことが、この配信の後味になっている。
最後の数分は、きれいな攻略まとめではない。高評価やチャンネル登録の案内、来てくれた人への声かけ、次への軽い余韻で終わる。概要欄にも、配信タグ、約束ごと、公式X、Misskey、Twitch、FANBOX、LINEスタンプなどの導線がまとまっている。記事末尾の参考リンクでも、そのうち本文で確認した公式導線を整理している。
この回をV-BUZZの記事として見る時、単なる「コラボで騒いだ配信」として片付けるのは少しもったいない。序盤は、暗い部屋で小物を拾いながらゲームの仕組みを覚えた。中盤は、ショップで回復や強化、カートやキャノンの使い方を相談した。終盤は、道具の便利さと事故が重なり、最後は低体力でも出口へ向かう判断に集約された。騒がしさの中に、配信の流れがきちんとある。
軽い留保を置くなら、後追いで全部を字幕だけから理解するのは少し難しい。自動字幕は複数人の声を拾うため誤認も多く、ゲーム内の正式名称も崩れやすい。だから、この記事では字幕の言葉をそのまま攻略情報として扱うのではなく、配信アーカイブと概要欄を確認しながら、場面の方向性を整理している。細かなアイテム名や敵名を正確に知りたい人は、アーカイブ本編で画面と声を合わせて見る方がよい。
それでも、記事化に足る具体材料は十分にあった。24時間以内に公開された長尺アーカイブで、概要欄には参加者とゲーム公式導線があり、自動字幕からは回収、ショップ、装備、キャノン、地雷、HP1の帰還といった場面が拾える。短い告知や薄い切り抜きではなく、配信の中で段階的に判断が変わる内容だった。
初見者向けに見るポイントをまとめるなら、まず冒頭の分担を見る。誰が何を持つか、どこへ戻るか、敵が来た時にどう声をかけるかが分かる。次に、ショップでの相談を見る。回復や強化を誰が使うかによって、チームの動きが変わる。最後に、終盤の帰還を見る。完璧な成功ではなく、崩れた状況から成果を残すために誰がどこへ走るかが、この回の一番分かりやすい山になっている。
兎鞠まりの配信としては、怖いゲームをしていても、画面の暗さに飲まれすぎないのが印象に残った。敵の見た目が気持ち悪い、突然ホラーになる、味方の事故が多い、といった場面でも、声の返しが早い。怖い、でも笑える。危ない、でも次の荷物を探す。そういう切り替えが、長いコラボ配信を最後まで見やすくしていた。
参加者の多さも、この回の重要な要素だ。わンころ、天羽衣、所場、Δ.DELUTAYAと一緒に遊んでいるため、誰か一人のプレイだけでは見えない混乱が出る。別視点まで含めて追えば、同じ事故が違う角度から見えるはずだ。兎鞠まり視点では、全員の状況を完全に把握しきれないからこそ、声でつなぐ必要があった。その不完全さが、コラボ配信のライブ感を作っている。
終わってみると、この回は「ホラーゲームを怖がる配信」というより、「怖いゲームで協力しようとして、道具と味方と敵に振り回される配信」だった。小物を拾う、回復を分ける、カートを探す、キャノンを撃つ、地雷を踏む、HP1でも帰る。場面ごとの目的は単純でも、複数人で動くと予想外のことが起きる。その予想外を、兎鞠まりたちはかなり楽しそうに受け止めていた。
最後に残るのは、成果よりも声の重なりだ。ナイス、逃げろ、こっち、ありがとう、危ない、大丈夫、帰ろう。短い言葉が何度も飛び交い、その中で荷物が運ばれ、誰かが倒れ、誰かが帰る。約2時間43分のアーカイブは長いが、見返す時はこの短い声のやり取りを目印にすると入りやすい。兎鞠まりの『R.E.P.O.』コラボは、怖さと雑な連携と笑いが同じ通路に詰まった回だった。
