深い海へ降りるたびに、兎鞠まりの声が少しだけ高くなる。2026年5月18日夜に公開された「結構ちゃんと深海恐怖症が征くサブノーティカ2【#とまライブ】」は、タイトルどおり『サブノーティカ2』の水中世界を、怖がりながら、それでも手を伸ばしていく配信だった。概要欄ではSteamページへのリンクと、Unknown Worldsが開発する水中サバイバルアドベンチャーであることが案内されている。

この回で面白いのは、恐怖がただの弱点として扱われていないところだ。冒頭1分台から本人は深海恐怖症に触れ、6分台には水中へ出ただけで「もうすでに怖い」と反応する。けれど、その怖さは配信を止める方向ではなく、スキャンしたい、素材を拾いたい、酸素を伸ばしたい、拠点を動かしたいという小さな目的へ変わっていく。怖いから引き返す場面もあるが、引き返したあとに次の準備をする。その往復が、約2時間58分のアーカイブ全体を支えていた。

配信アーカイブと自動字幕を確認すると、序盤は「海が怖い」「酸素がない」「魚が怖い」という反応が目立つ。13分台にはお魚を取りに行く流れになり、14分台にはエアタンクやスキャナーを作る必要を見ている。20分台には海の生き物を水や食料にするサバイバル感が強まり、50分台には酸素切れ寸前で帰還する場面がある。1時間12分台以降は装置の配置や発電、1時間47分台には怖い相手から逃げ切る判断、2時間12分台以降には酸素をつなぎながら深い施設へ入る探索が続く。

記事では、攻略手順を網羅するのではなく、兎鞠まりが「怖い」と言いながら、どの場面で遊び方を覚え、どこから深海を少し面白がれるようになったかを見る。体験的具体例としては、酸素切れで上がれなくなりかける場面、スキャンの対象を見つけるたびに危険と好奇心がぶつかる場面、深場で酸素供給を探しながら帰路を失いかける場面を中心に置く。どれも配信内の声と画面の流れから確認できる範囲で、視聴者が追体験しやすい緊張として残る部分だ。

『サブノーティカ2』は、概要欄でもシングルプレイと最大4人マルチプレイ、拠点カスタマイズ、ツール製作、生存を目指す流れが紹介されている。今回はマルチのにぎやかさよりも、ひとりで未知の海を測りながら進む怖さが前に出た回だった。だからこそ、兎鞠まりの反応がよく効いている。怖いものを怖いと言い、でもスキャンできそうなら近づき、酸素が足りなくなったら全力で帰る。サバイバルゲームの基本が、かなり素直なリアクションで見える配信だった。

もうひとつ押さえておきたいのは、今回の配信が「深海恐怖症だけをネタにした回」ではないことだ。タイトルでは深海恐怖症が前面に出ているが、実際の中身は、怖がりながらもゲームの学習が進む回だった。怖いから何も見られないのではなく、怖いからこそ酸素の位置、帰り道、スキャン対象、発電装置の意味が大きくなる。ホラーゲームの驚きとは違い、怖さが継続的な判断材料になっている。

そのため、視聴前に『サブノーティカ』シリーズを知らなくても、追うべき軸は分かりやすい。最初は海に出るだけで怖い。次に、魚や素材を持ち帰る必要が出る。さらに、スキャンとクラフトで装備が増え、拠点に戻る安心ができる。終盤では、その安心を持ったまま、さらに深い場所へ行く。配信はこの順番で少しずつ広がるので、ゲーム名だけ見て難しそうだと感じる人でも、兎鞠まりの反応を手がかりに入っていける。

怖いと言いながら潜る、序盤の海が入口になる

深海サバイバルゲームの入口で水中へ踏み出すオリジナル女性キャラクターのイメージ
V-BUZZ独自作成のイメージ画像です。公式画像・配信画面ではありません。

冒頭の数分は、まだ海のルールが分からない時間だ。1分台に兎鞠まりは、今日は『サブノーティカ2』をやると話し、すぐに深海恐怖症という言葉も出している。2分台にはサバイバルであることを確認し、3分台には海中から急に上がると危ないという説明を受け取る。ゲームの説明文を落ち着いて読むより前に、もう体が先に怖がっているような入り方だった。

6分台から7分台にかけては、その怖さがかなり直接的に出る。水中に出ると、周囲の暗さや音、視界の奥に広がる何かへ反応し、「もうすでに怖い」「下が怖い」という言葉が続く。ここで配信が面白いのは、怖がるだけで画面が止まらないところだ。ブラックボックスらしきもの、室内へ戻る判断、外に出るかどうかの迷いが短い間隔で来る。恐怖と操作が同時に進むので、見ている側も「行くのか、戻るのか」を一緒に迷える。

初見に近いサバイバルゲームでよく起きるのは、目的地より先に操作や視界への不安が来ることだ。暗い海で下が見えない、音だけが鳴る、酸素ゲージが減る、拾えるものと危ないものの区別がつかない。今回の序盤はまさにその状態で、兎鞠まりは怖さを笑いにしつつも、何をすればいいかをひとつずつ探している。視聴者にとっても、攻略情報を知ってから見るより、怖がる反応を通してゲームの入り口が伝わりやすい。

13分台には、お魚を取りに行く流れになる。最初は水中の景色にびくついていたが、魚、水、食料、酸素という生存の要素が見え始めると、怖い海が少しだけ「必要なものがある場所」に変わる。ここは小さな変化だが大事だ。水中がただの恐怖の対象なら、配信は戻るだけで終わる。魚を捕まえ、素材を拾い、スキャナーやエアタンクを作る必要が見えることで、怖くても潜る理由が生まれている。

14分台には、エアタンクやスキャナー、マルチツールのようなものを作らなければ進まないと見ている。ここから配信の焦点は、ただ怖い海を眺めることから、準備すれば怖さを減らせるかもしれないという方向へ動く。怖いから避けるのではなく、怖いから装備を整えたい。サバイバルゲームとしては当たり前の流れだが、兎鞠まりの声で追うと、その当たり前がかなり体感的に分かる。

この序盤の体験的な具体例は、初めて『サブノーティカ』系に触れる人にも想像しやすい。水面に顔を出せば安全そうなのに、下を向くと一気に怖くなる。魚を取りたいのに、近づく相手が本当に無害か分からない。酸素の数字が減るだけで、まだ敵に襲われていなくても焦る。配信内ではこの三つが短い時間に重なり、兎鞠まりが「怖い」と言うたびに、ゲームの怖さが説明ではなく反応として伝わっていた。

一方で、怖がり方は重くなりすぎない。怖い、無理、やばいと言いながらも、魚を見つけると捕まえ、スキャンできそうなものがあると近づく。コメントやゲームの案内に反応しながら、必要な作業を少しずつ進める。このバランスがあるから、ホラー耐性を試す配信ではなく、怖い海を遊べる範囲まで近づけていく配信として見やすい。

また、序盤は「水中に出ること」と「ゲームの文章を読むこと」が交互に来るのもよかった。怖い場面が続くと、視聴者もずっと身構えてしまう。だが、兎鞠まりは怖がったあとに一度室内へ戻り、端末や案内を見て、また外へ出る。この小さな休憩があるため、配信の緊張が一方向に伸びきらない。怖い海と安全な室内が切り替わることで、見ている側も呼吸を整えやすい。

ゲーム配信として見ると、この切り替えはかなり大きい。水中では言葉が短くなり、音や影にすぐ反応する。室内では、次に何を作るか、どの情報を読むかを確認する。怖い場所で得た疑問を、安全な場所で少し整理して、また海へ戻る。配信の序盤だけで、この基本サイクルができているので、長いアーカイブでも流れを見失いにくかった。

スキャンとクラフトで、恐怖が作業のリズムへ変わる

水中基地の近くでスキャナーと素材を手にするオリジナル女性キャラクターのイメージ
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20分台に入ると、配信は少しずつサバイバルゲームらしい作業のリズムを持ち始める。20分台には海の生き物から水を作る話が出て、21分台にはポケットに入れられるものを増やしていく。魚や海の生き物をただ怖がるだけでなく、何が水になり、何が食料になり、何が素材になるのかを見る時間だ。生存のために周囲を見る視点ができると、海の怖さも少しだけ整理されていく。

24分台から25分台には、あちこちをスキャンした方がよさそうだという流れになる。『サブノーティカ2』では、未知のものを調べること自体が前進になる。兎鞠まりは、何でもかんでもスキャンできそうだと反応し、スキャン対象を見つけるたびに近づく。だが、近づけば当然、音や生き物や深さも近くなる。ここで好奇心と恐怖がぶつかる。スキャンしたい、でも近づきたくない。この揺れが、中盤の配信をかなり見やすくしていた。

26分台には、前作の動画も怖くてほとんど見られていないという話が出る。これは今回の配信を見るうえでかなり大きい。ゲームの経験値が高くて余裕で進めているのではなく、もともと苦手なものへ、配信の流れであえて向き合っている。だから、スキャナーを作るための素材を探す場面でも、単なる作業には見えない。怖い場所へ行く理由を、クラフトとスキャンが少しずつ作っている。

28分台には、酸素切れの焦りがはっきり出る。上がって、死んじゃう、という反応は、サバイバルゲームで誰でも一度は経験しそうな場面だ。敵に倒されるより前に、残り酸素で判断を間違える。視聴者は画面のゲージを見ながら、まだいけるのか、もう戻るべきかを一緒に考える。ここで兎鞠まりが慌てることで、酸素という数字がただのUIではなく、配信の山になる。

30分台には、探索できそうな施設や穴を見つける。入り口が分からず、どこから開くのかを探し、周辺をスキャンしていく。このあたりから、怖さの対象が「海そのもの」から「この先に何があるか分からない施設」へ変わる。水中の広がりが怖いだけでなく、人工物の隙間、暗い通路、スキャン対象、酸素の残りが重なってくる。配信の緊張が少し複雑になる時間帯だ。

33分台から34分台には、酸素を出してくれるものや、酸素ボンベを作ればよさそうだという話が出ている。酸素管理が厳しいなら、装備や施設で補えばいい。ここでゲームのルールが一段見えてくる。怖いものに慣れるだけではなく、システムを理解して怖さを減らす。兎鞠まりがスキャンし、素材を見て、作れるものを確認するたびに、海の中でできることが増えていく。

スキャンとクラフトの場面には、体験的具体例がいくつもある。たとえば、近くにあるものをスキャンすれば進むかもしれないが、酸素の残りが気になって全部は見られない。素材が足りない時、どの魚や植物が必要なのか分からず、見慣れないものに近づくしかない。施設の中で通路を探しているうちに、帰り道よりも酸素の数字が先に気になり始める。配信では、こうしたゲーム内の焦りが、兎鞠まりの短い反応で何度も表に出ていた。

この章で一番よかったのは、作業が作業のまま終わらない点だ。スキャン、クラフト、採取、帰還はサバイバルゲームの基本だが、兎鞠まりの場合はそれぞれに「怖い」が付いてくる。怖いからスキャンが急ぎになる。怖いから素材を拾ったらすぐ戻りたくなる。怖いから酸素を増やせた時の安心が大きい。ゲームの仕組みを覚えることと、本人の恐怖が少しずつ扱いやすくなることが重なって見える。

50分台に近づくにつれ、この作業のリズムには失敗の気配も混ざってくる。素材を探し、スキャン対象を追い、施設の入口を探しているうちに、酸素の残りが厳しくなる。ここで「まだ見たい」と「もう戻らないと危ない」がぶつかるのは、探索ゲームらしい緊張だ。兎鞠まりは気になるものを見つけると近づきたいタイプに見えるが、酸素が減ると一気に帰還判断へ寄る。その振れ幅が見ていて分かりやすい。

とくに、スキャンできそうなものを見つけた時の反応は記事として拾いやすい。ゲーム側が「ここに情報がある」と明示してくれるわけではなく、見た目で気になったものに近づき、反応があればスキャンする。すると設計図や施設の情報が少しずつ増える。視聴者は、何が重要アイテムなのかを最初から知らなくても、兎鞠まりが「これスキャンできる」と気づく瞬間に合わせて理解できる。情報の増え方が、配信者の発見と同期している。

ここには、初見ゲーム配信ならではの読みやすさがある。最適解を知っているプレイでは、必要なものだけを効率よく拾って進んでしまう。今回の兎鞠まりは、怖いものを避けつつ、気になるものには近づき、必要なものを後から知っていく。そのため、視聴者は「今は何を知らないのか」まで一緒に追える。ゲームの正解より、理解が増える過程を見られるのがこの中盤だった。

酸素と拠点づくりで、行ける範囲が広がっていく

明るい水中拠点で発電装置と酸素設備を整えるオリジナル女性キャラクターのイメージ
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50分台の酸素切れ寸前の場面は、今回の配信を象徴するひとつの山だ。50分台には、どこから上がればいいのか分からず、死ぬ、死ぬと焦る反応が続く。51分台には生きていたと確認し、危なかったと息をつく。攻略としては小さな失敗と帰還かもしれないが、配信としてはかなり分かりやすい。深海恐怖に酸素管理が重なると、視聴者も手元の操作を想像しやすいからだ。

この危うさがあるから、1時間台の拠点づくりが効いてくる。1時間1分台には、あの部屋には酸素がないと気づき、電力があれば酸素を作れるのではないかという理解へ進む。1時間2分台には、スキャンしていなかっただけだと整理し、1時間13分台には装置を置き、酸素が強化されたことを確認している。怖い海へ根性で慣れるのではなく、設備を作って行ける範囲を広げる。そこがこの回の大きな転換点だった。

拠点や発電の話になると、配信の怖さは少しだけ生活感を帯びる。酸素がある場所、発電機を置く場所、素材を入れる場所、戻ってくる場所。こうした拠点ができると、海はただの広い暗闇ではなく、出発地と帰還先のあるフィールドになる。兎鞠まりも、酸素がある、助かる、もっと酸素を伸ばしたいと反応しながら、探索の基準を作っていく。見ている側も、ここに戻ればよいという安心を持てる。

1時間19分台から1時間24分台にかけては、スキャンしたいもの、拠点にできそうな場所、奪えないのかと気になる施設が出てくる。ここでは、恐怖よりも「ここをどう使えるか」という視点が少し前に出る。もちろん、急に話が始まって驚く場面や、怖い生き物に反応する場面は残っている。それでも序盤のように、海そのものへ全面的に怯える状態ではない。設備とルールを知ったことで、怖い場所を少しずつ自分の行動範囲に入れている。

1時間27分台には、ちょっとだけ怖いより楽しそうが勝るという趣旨の反応がある。ここは記事としてかなり拾いたい場面だ。恐怖が消えたわけではない。むしろ、怖い、びっくりした、深海怖すぎるという反応はその後も続く。それでも、楽しそうが上回る瞬間が来る。サバイバルゲームの初回配信として、ここが大事だ。怖さを克服した美談ではなく、怖さを抱えたまま遊びが勝つ瞬間として見える。

1時間30分台には、怖い相手から逃げてビーコンを置く判断も出る。怖いものを倒すのではなく、場所を覚え、退避し、次に備える。これは『サブノーティカ2』のような探索型ゲームではかなり自然な判断だ。視聴者にも、強引に進むより一度戻る方がいい場面が分かる。ゲーム配信としての上手さは、敵を倒すことだけではない。危ない場所を危ないまま覚えておくことも、探索の見せ方になる。

この中盤以降の体験的具体例は、序盤より少し複雑だ。酸素装置があると思って入った部屋に酸素がない。発電があれば解決できると気づく。拠点候補を見つけるが、そこが本当に安全かはまだ分からない。怖い相手を見つけたら、戦うより退避してビーコンを置く。こうした判断は、ゲームを遊んだことがある人ならかなり想像しやすい。兎鞠まりの配信では、その判断が毎回声に出るため、画面を細かく追わなくても流れが伝わる。

また、この時間帯はコメントや視聴者の見守りにも合っている。攻略を全部指示するのではなく、酸素やスキャンの気づきを一緒に待つ形になる。本人が「怖い」と言うと、視聴者も怖さを共有できる。本人が「助かる」と言うと、酸素装置の価値がすぐ分かる。解説の言葉を増やしすぎなくても、感情の上下がそのままゲーム理解の補助になっていた。

拠点づくりの段階で印象に残るのは、安心の置き場所ができることだ。序盤は水面や室内に戻るしかなかったが、装置を置き、発電を整え、酸素が確保されると、探索の途中にも「ここなら立て直せる」という場所ができる。兎鞠まりの反応も、ただ怖いから帰るというより、どこで酸素をもらうか、どこを拠点として考えるかへ変わっていく。海の中に自分の足場を作る感覚が、配信の中で少しずつ見えていた。

これは視聴者にとっても分かりやすい成長だ。装備の数値やクラフト素材の細部を覚えていなくても、酸素が増える、戻れる場所ができる、深い場所に少し長くいられる、という変化はすぐ分かる。サバイバルゲームの進行は数字やレシピに寄りがちだが、今回の記事ではそこを細かく表にするより、兎鞠まりの行動範囲がどう広がったかを見る方が合っている。

一方で、拠点ができたから完全に安心というわけではない。むしろ、戻れる場所ができたことで、さらに危ない場所へ行けるようになる。ここが『サブノーティカ2』の怖いところでもある。安全が増えると、次の危険も近づく。兎鞠まりが発電や酸素に安心した直後、また暗い場所や見知らぬ相手に驚く場面が来る。この繰り返しが、怖さと達成感を同時に積み上げていた。

深場の探索で、怖さと面白さが同じ場所に残る

深い海の施設を酸素を探しながら探索するオリジナル女性キャラクターのイメージ
V-BUZZ独自作成のイメージ画像です。公式画像・配信画面ではありません。

1時間45分台以降は、配信の怖さがもう一段深くなる。見慣れた浅い海だけでなく、より暗く、より危なそうな場所へ向かう。1時間47分台には怖い相手から逃げ切り、1時間49分台にはスキャンしている場合ではないと判断する。ここでは、序盤のような初見の怖さとは違い、少しゲームを分かってきたうえで、それでも危ないと感じる怖さがある。

1時間50分台には、まだ酸素ボンベを作っていないことへ触れる。これも配信としては良い焦りだった。できることが増えた一方で、準備不足も残っている。スキャンしたい、先へ進みたい、でも酸素が足りない。こうした中途半端な準備で深場へ入ってしまう感じは、サバイバルゲームでかなり起こりやすい。視聴者は、行けそうに見えるけれど帰れるのか、という別の緊張を持つことになる。

2時間0分台には、死を覚悟したという反応が出る。大げさな言い方に聞こえても、酸素の残りや帰路の不明さが重なると、画面上では十分に切実だ。2時間12分台には、酸素を出せと探しながら、流れに乗せられる怖さにも触れている。実際の海でもこういう流れに巻き込まれたら怖いだろう、という一般化も出る。ここで、ゲーム内の焦りが現実の水中の怖さとつながる。本文中の根拠としても、配信後半で酸素と水流への言及が続くことは重要だ。

2時間13分台には、酸素で命をつなぐのが楽しいという趣旨の反応がある。これは今回の配信の結論に近い。酸素切れは怖い。深場も怖い。水流も怖い。けれど、酸素を見つけ、つなぎ、戻るという流れがゲームとして楽しくなっている。序盤に「深海怖い」と言っていた人が、終盤に酸素リレーの楽しさを見つける。約3時間の配信として、かなり分かりやすい変化だ。

2時間21分台には、拠点がどこか分からなくなり、一旦戻ろうとする。2時間25分台以降には、さらに大きなものや怖い演出に反応しつつ、2時間27分台には酸素がある部屋を探しながら進む判断が出る。ここでは、怖さが配信の邪魔ではなく、探索の緊張として機能している。どこに酸素があるのか、どこまで行けば戻れるのか、何をスキャンしてから帰るのか。見る側は、攻略の正解よりも、帰れるかどうかを気にしてしまう。

2時間33分台から2時間36分台には、死なせてくれないというような世界観の怖さや、一気に深くなる地形への反応もある。『サブノーティカ2』は水中の生物だけでなく、環境や設定そのものが不穏だ。兎鞠まりは、その不穏さを拾いながらも、スキャンできそうなものは確認しに行く。怖いからやめる、ではなく、怖いけれど情報は欲しい。この態度が終盤まで続くので、配信の芯がぶれない。

終盤の体験的具体例として特に残るのは、酸素が足りない状態で部屋を探す場面だ。酸素をくれるものが見つかれば命がつながるが、見つからなければ帰るしかない。スキャン対象が見えても、今触るべきか後回しにするべきか迷う。深くなる地形に入ると、戻り道より先に「ここは帰れる深さなのか」が不安になる。配信内では、そうした判断が短い言葉で何度も出るため、終盤の長い探索にも集中しやすかった。

2時間55分台には、深海恐怖症がなくなりそうだという冗談めいた反応と、それでも怖かったという回収がある。ここで大事なのは、本当に克服したとまとめすぎないことだ。配信中の兎鞠まりは最後まで怖がっている。だが、怖さが遊びの外にあるものではなく、酸素、スキャン、拠点、深場の探索と結びついて、ゲームの面白さの一部になっていた。だから、最後に残るのは「怖くなくなった」ではなく、「怖いまま、かなり遊べるところまで来た」という感触だ。

この回を未視聴で見るなら、最初から攻略メモとして追うより、怖さがどこで作業に変わるかを見ると入りやすい。6分台の初潜水、28分台の酸素焦り、50分台の帰還、1時間13分台の酸素設備、1時間47分台の逃げ切り、2時間13分台の酸素リレー。このあたりを押さえると、兎鞠まりが深海をただ怖がるだけでなく、少しずつ自分の遊び場へ変えていく流れが見える。

兎鞠まりのゲーム配信としても、今回の良さはリアクションの素直さにある。大きく怖がるが、見つけたものを無視しない。危ないと思ったら戻るが、戻ったあとに準備をする。分からないことは口に出し、分かったこともすぐ口に出す。『サブノーティカ2』の未知の海と相性がよく、深海恐怖という弱点が、そのまま配信の見やすい入口になっていた。

最後に残るのは、派手なクリア報告ではなく、海への距離が少し縮まった感覚だ。序盤の海は、見えない下方向と不意の音がとにかく怖かった。中盤の海は、素材やスキャン対象を探す場所になった。拠点ができると、海は戻る場所を持った探索フィールドになり、終盤の深場では、酸素をつないで進む緊張が遊びになった。約3時間の中で、同じ海の見え方がここまで変わる。

次にこの続きを追うなら、酸素ボンベや移動手段が整った時に、怖さの質がどう変わるかが気になる。行ける距離が伸びれば、より深く、より暗い場所へ向かうことになる。兎鞠まりがそこをまた怖がるのか、それとも今回覚えたスキャンと拠点づくりで一段落ち着いて進めるのか。今回のアーカイブは、その次の探索を見るための準備回としてもよくできていた。

記事として整理しても、この回は単なる初回プレイ以上に材料が多い。冒頭の深海恐怖、素材を集めるための短い潜水、酸素切れ寸前の帰還、スキャンで行動範囲が広がる手応え、拠点の発電と酸素確保、終盤の深場での酸素リレー。それぞれが別々の場面でありながら、全部が「怖い海をどう扱うか」という一本の軸につながっている。だから、長尺でも散らかった印象になりにくい。

また、兎鞠まりの反応は、ゲームの怖さを過剰に演出する方向へ寄りすぎていない。大きく驚く場面はあるが、驚いたあとには必ず次の行動がある。戻る、読む、作る、置く、スキャンする、もう一度潜る。怖さを笑って終わらせず、操作へ戻していく。この戻り方があるため、深海が苦手な人でも、配信の中で少しずつ「どうすれば進めるか」を見られる。

『サブノーティカ2』の紹介としても、今回の配信はよい入口になっていた。概要欄にある拠点カスタマイズやツール製作は、文章で読むだけだと少し硬い。だが、兎鞠まりが酸素に困り、スキャン対象を探し、発電装置を置いて安心する流れを見ると、それらがなぜ必要なのかが分かる。ゲームの売り文句を説明するより、怖い状況から必要に迫られて作る方が、視聴者には伝わりやすい。

この回の締め方も、無理にきれいな達成感へ寄せすぎないのが合っている。怖いものは最後まで怖い。けれど、怖いだけではなくなった。深く潜るときの不安、酸素を見つけたときの安心、スキャンできたときの小さな前進、拠点に戻れたときの息抜き。その積み重ねが、兎鞠まりの『サブノーティカ2』初回として残る。次回があるなら、今回の怖がり方を知っている視聴者ほど、どこまで行けるかを見守りたくなるはずだ。

そして、次に見る時の注目点もはっきりしている。より長く潜れる装備が整った時、兎鞠まりがまだ怖さを前面に出すのか、それとも深場の景色や施設の謎へもう少し踏み込むのか。今回の終盤には、その両方の可能性が残っていた。