轟はじめが2026年7月4日20時30分ごろに公開した「【振り入れ】生誕3DLIVEのダンス難しくて叫んだ【轟はじめ】」は、2026年の生誕3DLIVE「Rise In Motion」で披露した「Guns of Saxophone」の振り入れを追う25分4秒の通常動画だ。概要欄では、楽曲の本家、カバー元になった生誕3DLIVE、先生のMisumi Shiori、動画編集の32u、新曲「Deep Dive」への導線が並んでいる。
この動画で面白いのは、完成したライブの華やかさを後ろから支える、かなり泥くさい確認作業が見えるところだ。冒頭から先生は「去年同様全編ダンス」と伝え、轟はじめは楽しみにしながらも、カウント、移動、ダンサーとの絡み、ジャンプ、ターン、後半のフェイントを次々に覚えていく。見終わると、3DLIVEの一曲が「踊れた」だけではなく、どれだけ細かい合図と体力で成立していたかが分かる。
記事タイプとしては、通常動画のダンスレッスン記事に近い。本文で拾う体験的具体例は、序盤でカウントを聞きながらソロへ入る場面、ダンサーと向き合うワクワクタイムで位置や合図を覚える場面、片足ジャンプとターンに挑む場面、後半でクラップやバットマン風の足上げ、前へ行くと思わせて行かないフェイントを重ねる場面の4つだ。どれも日本語自動字幕と概要欄から確認できる範囲に下ろしている。
以前の轟はじめのダンス動画では、ロックダンスの基礎を学ぶ回を取り上げた。初のロックダンスレッスン記事では、元ジャズダンサーとしての伸びと、ロック特有の「集めて止める」感覚の違いが軸だった。今回の振り入れ動画は、基礎練習というより、本番用の一曲を舞台上の位置取りまで含めて体に入れる回だ。基礎の違いを知る動画から、ライブの実装へ進んだように見ると、轟はじめの身体表現の追い方が少し広がる。
全編ダンスの入口で、カウントと位置取りが一気に来る

冒頭で先生は、生誕ライブ最後の曲として「Guns of Saxophone」の練習を始める。ここでまず強いのは、最初から「全編ダンス」と言われるところだ。ライブの締めに近い曲で、しかも途中でMCを挟みつつ、踊る時間が長い。轟はじめは「楽しみ」と返しながらも、すぐにカウントと動線の確認へ入っていく。
最初の説明では、新曲終わりのポーズから音が始まり、轟はじめが前へ出てアピールする流れが示される。その間にダンサーが踊り、合図を聞いて本人が入る。文章にすると短いが、実際には「いつ前へ出るか」「どこで手を見せるか」「足をどう開くか」が連続する。先生は、手のひらが見えるように大きく、足を開きながら、キックを入れながら、と細かい指示を重ねている。
この序盤で視聴者が追体験しやすいのは、踊りの難しさが技の名前だけでは決まらないことだ。大きなジャンプや派手なターンより前に、まず曲の入りで前へ出る。そこで少しでも遅れると、後ろのダンサーとの見え方が変わる。逆に勢いだけで前へ出すぎても、次のカウントに戻れない。学校の発表やダンス練習でも、最初の立ち位置と入りの合図で一度混乱すると、その後の振りまで不安になることがある。動画の冒頭は、まさにその最初の緊張を短く見せている。
字幕では、序盤から「少年タップでやったやつ」のような過去の身体記憶を使う説明も拾える。新しい振付を丸ごと暗記するというより、これまでやった動きに近いものを呼び出しながら、今回の曲用に並べ替えている。轟はじめも、すぐに音や形を体で返していく。何もできないところから始める動画ではなく、できる人が短時間で本番用の流れへ合わせていく動画だ。
ただ、できる人だから楽に進むわけではない。先生はサビと思われる部分へ入ると、グー、パー、足の運び、腰の回し方、左右の重心、L字の手の動きまで次々に示す。轟はじめは声を上げながら追いかけるが、ここで大事なのは、声が大きいだけでなく、説明されたことをすぐ体で試しているところだ。聞いて驚く、やってみる、もう一度返す。この短いサイクルが動画の速度を作っている。
4分台には、先生が「ここの時間をなるべくキープできるように」と伝える。ここも見逃しにくい。踊りは速く動くことだけではなく、止める時間を持つことでも見え方が変わる。轟はじめは勢いで進める力があるからこそ、止めるところ、粘るところ、重心を置くところが課題として出てくる。前のロックダンス動画で見えた「伸びる前に集める」と同じく、今回も大きな動きの前後にある小さな制御がポイントになっている。
また、序盤の振りはすでに舞台を想定している。単にスタジオで先生と向き合って覚えるだけではなく、ダンサーがどこにいて、カメラにどう映るか、どのタイミングでソロになるかが前提にある。先生が「はじめちゃんのソロになります」と言う場面では、本人の見せ場が短いカウントの中に置かれている。そこへ入るまでの準備がずれると、ソロの見え方も変わる。
この動画を読む時は、完成ライブの一曲を知っているかどうかで見え方が変わる。概要欄には生誕3DLIVE「Rise In Motion」へのリンクがあるため、先に完成版を見てから振り入れを見ると、何気ない移動や手の角度が本番ではどう見えていたかを確認できる。逆に、振り入れを見てからライブへ戻ると、あの一瞬の裏に何度も返したカウントがあったことが分かる。
序盤だけでも、具体的な場面は十分に多い。曲終わりのポーズから前へ出る。ダンサーの動きを待って入る。手のひらが見えるように大きく出す。キックやタップの記憶を使う。サビで腰や足の重心を合わせる。これらはすべて、完成したステージでは一瞬で流れていく。動画は、その一瞬がいくつもの小さな確認で作られていたことを見せる。
轟はじめの反応も、単なる悲鳴や叫びでは終わらない。驚きながらも、先生のカウントを聞き逃さない。できたところでは少し軽くなり、難しいところでは声が跳ねる。25分の動画として見やすいのは、この反応の大きさと、レッスンの実務的な細かさが同時にあるからだ。楽しい声だけなら短い切り抜きで足りるが、ここでは「何に叫んでいるのか」が振付の中で分かる。
初見で見るなら、序盤は手だけを追わない方が分かりやすい。手の動きは大きく映るが、先生が何度も確認しているのは、足を開く位置、戻るタイミング、体をどちらへ向けておくかだ。たとえば、前へ出てアピールする場面では、手を伸ばすことよりも、次のキックやタップへ入れる位置にいることが大事になる。視聴者側も、手の華やかさに引っ張られず、床のマーカーや足の入り方を見ると、この曲の忙しさがつかみやすい。
また、先生の説明が擬音とカウントを行き来するところも、この動画らしい。ワン、ツー、スリーだけではなく、ポン、パ、トントン、回る、という言葉が続く。ダンス経験がない人には少し混ざって聞こえるかもしれないが、実際の練習では、身体に入れるための言葉はきれいな説明だけでは足りない。どこで弾むか、どこで止めるか、どこで回るかを、短い音で共有している。轟はじめがそれにすぐ反応するため、レッスンの現場感が残っている。
この最初の章で押さえておきたいのは、曲の難しさが運動量だけではない点だ。全編ダンスという言葉からは、ずっと動き続ける体力面が先に浮かぶ。もちろんそれも大きい。だが本編では、それ以上にカウント、位置、止め、入り、ソロへのつなぎが細かい。轟はじめが「勢いで行けちゃいますね」と言う場面がある一方で、先生はすぐ次の移動やダンサーとの絡みへ進む。勢いだけでは足りないが、勢いがあるから次へ進める。その両方が序盤から見えている。
ダンサーとのワクワクタイムは、楽しいほど位置が難しい

5分台の後半からは、ワンカメラでダンサーと絡む「ワクワクタイム」へ進む。轟はじめはその言葉に反応して、楽しそうな声を出す。ここは動画の中でも明るい場面だが、内容はかなり難しい。左右にいるダンサー、後ろを向くタイミング、肩を使う動き、ソロ、回転、ジャンプまでが一つの流れに入っている。
先生の説明では、まず手を回してプッシュし、左足から入る。続いて右足からグッパ、グッパと進み、ダンサーがいる方向へ向く。さらに、右手を上げながら回ってくる場面、別のダンサーと「こんにちは」する場面、後ろを向いて肩から入る場面が続く。単に周りにダンサーがいるだけではなく、視線や手の向きが相手とつながるように作られている。
ここで視聴者が想像しやすいのは、ステージ上の楽しい絡みほど、実は交通整理が細かいということだ。完成版では、ダンサーと目が合ったり、手が重なったり、輪の中に入ったりする瞬間が自然に見える。けれど、振り入れでは、その自然さを作るために「誰が右にいるか」「どの足で入るか」「どこで後ろを向くか」を細かく確認している。楽しい場面ほど、間違えるとぶつかりそうになる。ワクワクタイムという名前のかわいさと、実際の難度の差が面白い。
7分台には、轟はじめのソロからジャンプへつながる流れが出てくる。先生は「千おりちゃんと言えばジャンプ」と言い、今年も片足ジャンプの時間が来たと伝える。ここで轟はじめは大きく反応する。足の形、腕の高さ、体の上がり方を確認しながら、右足を伸ばし、左足を曲げ、膝の裏に来る気持ちで飛ぶ、という説明を受ける。
このジャンプは、見た目以上に情報量が多い。右足と左足の役割が違い、手の形も「高」というテーマで重要になる。字幕では「人間なのか」という反応も拾える。もちろん冗談めいたやり取りだが、実際にやってみると、片足を伸ばしながらもう片方を曲げ、空中で見せる形を作るのは簡単ではない。踊る人の体力だけでなく、空中で一瞬の形を残す意識が必要になる。
ここでの体験的具体例はかなり分かりやすい。運動会や舞台練習でも、ジャンプそのものはできても、写真に残るような形にするのは別の難しさがある。跳ぶだけなら勢いでいける。けれど、片足の向き、膝の位置、腕の高さまでそろえると、空中の一瞬が急に難しくなる。轟はじめが何度か試し、先生が「今めっちゃ良かった」と返す流れは、その一瞬を捕まえようとしている時間に見える。
9分台では、水を飲む場面も入る。これは小さな休憩だが、動画の体力感を伝えるには大事だ。ワクワクタイムと言いながら、実際には回る、向く、ジャンプする、進む、スライドする、また中央へ戻る。楽しさの裏で息が上がる。生誕3DLIVEの完成版を見ていると、観客側は曲の勢いやカメラの動きに目を奪われるが、振り入れ動画では、そこへ到達する前の体力の消費が見える。
10分台には、ダンサーと轟はじめのポーズ対決が出てくる。先生は、右手側のダンサーがポーズを取り、轟はじめが負けそうになり、次に左手側のダンサーが別のポーズを取り、最後に本人が決めポーズをする、と流れを説明する。ここも、かわいい演出に見えるが、実際には順番を覚える必要がある。誰が先か、どちらを向くか、最後にどのポーズを置くか。見せ場が増えるほど、頭の中の手順も増える。
さらにターンの回数も確認される。1回ではなく、2回やダブルに挑戦できるかという話になる。轟はじめは戸惑いながらもチャレンジする。ここで動画が良いのは、できるかどうかを即断しないところだ。先生が試してみようと促し、轟はじめが実際に回ってみる。うまくいきそうなら練習する。完成版に向けて、今の体でどこまで入れられるかを探っている。
ワクワクタイムという言葉は、記事にするには少し軽く見えるかもしれない。だが、この章を丁寧に見ると、ライブ演出の密度が分かる。ダンサーと絡む、ジャンプする、ポーズを競う、ターンする。どれも完成版では楽しいアクセントになる。けれど練習段階では、全部が覚えるべき情報だ。轟はじめの叫びは、単に大変そうだから出ているのではなく、楽しい要素が一つ増えるたびに、覚えるべき身体の約束も増えているから出ている。
この章は、轟はじめのキャラクターらしさも出やすい。大変な場面で声が大きくなるが、そこで暗くならない。ジャンプに驚き、ポーズ対決に反応し、ダンサーとの絡みを楽しみながら、何度も体で返していく。ダンス動画として見ると、練習の真剣さと、本人のリアクションの明るさが同時に残る。だから、技術確認の動画なのに、ライブの期待感も下がらない。
同時に、少し長い練習パートでもある。ダンスに詳しくない人が全部を一度で追うと、右足、左足、手、ターン、ポーズの指示が続いて、どこを見ればいいか迷うかもしれない。その場合は、ダンサーとの距離とジャンプだけに注目すると入りやすい。誰と向き合うか、どの瞬間に跳ぶか、最後にどんなポーズへ戻るか。そこだけ見ても、ワクワクタイムの構造は十分につかめる。
このパートは、ライブ映像でよくある「楽しそうに見える一瞬」が、実は相手との信頼で成り立っていることも分かる。ダンサーが近くにいる場面では、轟はじめが自分の動きだけを考えていると、相手との距離が崩れる。逆に、相手の位置を気にしすぎると、自分のポーズが弱くなる。だから、練習では先生が順番と向きを先に言葉へ戻している。どのダンサーと向き合うか、どのタイミングでソロになるかを整理してから動くことで、完成版の自然なやり取りが作られる。
視聴者側の体験に引き寄せるなら、複数人で踊る時の難しさに近い。自分の振付だけなら家で練習できるが、相手がいると、目線、距離、入れ替わり、ぶつからないための余白まで必要になる。今回のワクワクタイムは、楽しい言葉で包まれているが、実際にはその複数人演出の難しさが詰まっている。轟はじめが楽しそうに反応するほど、裏では確認すべき項目が増えていく。
概要欄の生誕3DLIVEリンクも、この章では特に意味がある。振り入れで「ここにダンサーがいる」「ここでポーズ対決をする」と説明されている場面を、完成ライブで探してみると、練習の細かさが一気に見える。記事だけで完結させるより、動画本編とライブアーカイブを行き来した方が楽しいタイプの内容だ。
後半戦で増えるクラップ、バットマン、フェイントの負荷

12分台に入ると、先生は前半戦が終わったことを伝えたうえで、MC後の後半戦にも難しいところがあると言う。ここから、右足からのリズム、ダンサーと向き合う動き、クラップ、前後交代、さらにシキシキとした足運びが続く。前半でかなり情報を入れたあとに、まだ後半の山がある。轟はじめの反応にも、その負荷が出ている。
後半戦で目立つのは、クラップをしながら前に行き、ダンサーが下がる場面だ。手を叩く動き自体は分かりやすい。だが、その間に前後の位置が入れ替わるため、ただ手拍子をすればいいわけではない。音に合わせる、前へ出る、周りとの距離を保つ、次の足上げに備える。この複数の作業が同時に来る。
13分台には、先生が「バットマン」と言う場面がある。ここでは左足を踏み込んで右足を上げるような動きが説明される。轟はじめも「今年も見せましょう」と言われ、以前にも見せ場になった動きとして受け取っているように見える。足を上げるだけでなく、クロスになった体勢、左足の出し方、次のポンポンへ移る流れまでが続く。
この場面の体験的具体例としては、振付の中で「知っている技」が出てきた時の怖さが近い。以前やったことがある動きでも、新しい曲の中では前後のつなぎが違う。単体ではできる。けれど、クラップの後に出てきたり、位置移動の直後に出てきたりすると、急に難しくなる。轟はじめが「こびかけたやつ」と反応するような、過去の記憶があるからこそ緊張する感じがある。
14分台から15分台にかけては、回して、ジャンプして、左足を後ろにして、右前後ろ、さらに前に行くと思いきや行かないと思いきや行く、というフェイントの説明が入る。先生も「フェイントです」と整理している。ここは、今回の動画で特に記事化しやすい部分だ。動きの派手さだけではなく、観客にどう見せるか、期待をどうずらすかが入っているからだ。
フェイントは、踊る側にとってはかなり難しい。体は次へ進みたい。けれど、見せ方としては一度行かない。さらにその後で本当に行く。視聴者側には一瞬の面白さとして見えるが、踊る側はカウントを正確に持っていないと、ただ迷っているように見えてしまう。轟はじめは先生のカウントを聞きながら、前、後ろ、前へ行く流れを体に入れていく。ここでも、声の大きさの裏に具体的な難所がある。
16分台には、頭から音で返す場面がある。先生は、新曲の終わりポーズから始め、音が鳴り、ダンサーが踊り、轟はじめが入ってくる流れを一気に戻す。ここで、序盤の確認、サビ、ワクワクタイム、後半戦がつながる。動画の前半でバラバラに覚えていた動きが、一曲の通しへ戻っていく瞬間だ。
この通しで見えるのは、体力の蓄積だ。18分台には、先生が「これねちょっと疲れるんですよね」と言い、轟はじめも水を飲む。全編ダンスの難しさは、各パーツの難度だけではなく、それを通しても最後まで形を残すところにある。ジャンプやターンは単体でも大変だが、曲の後半でやるとさらに重い。通し練習で息が上がるのは自然だ。
20分台には、3分20秒ぐらいからお願いします、というように、曲内の特定地点へ戻って確認する流れがある。ここで、さっきと同じサビをもう一度行い、細かい音の取り方を確認する。轟はじめは「早い」と反応しつつ、何度か音で行く。ここは、ライブ練習のリアルさが出ている。頭から全部通すだけではなく、引っかかる地点を切り出し、音の中で何度も返す。
22分台には、最初のソロでどのカウントに来るかなど、より細かい確認が入る。ここは視聴者から見ると地味だが、完成版の正確さには欠かせない。自動字幕では一部読み取りづらい箇所もあるが、音の「てててて」のような感覚を言葉にしながら、どのカウントで入るかを合わせていることは分かる。音を数えるだけではなく、感覚の擬音も使って覚えている。
24分台の後半戦では、セクシータイムという言葉も出てくる。ただし、動画の実際の見え方は、身体を露骨に見せる方向ではなく、クラップ、足運び、ジャンプ、できたかどうかの確認に寄っている。記事画像ではこの要素を直接強調せず、スタジオ練習やステージ照明、クラップ、足上げの構図で表現するのが安全だ。本文でも、見せ方のニュアンスとして扱い、身体接写や性的な読み方に寄せない。
最後に轟はじめは、難しいが去年より頭に入ってきている、といった手応えを口にする。ここが締めとして良い。単に「できた」で終わるのではなく、過去の経験との比較が入る。去年も全編ダンスを経験し、今年はまた別の難しさがある。それでも、頭に入る感覚がある。生誕ライブを毎年の積み重ねとして見る視点が、短い言葉の中に出ている。
後半戦を読む時は、クラップ、バットマン、フェイントの三つを軸にすると分かりやすい。クラップは音と移動をつなぐ。バットマンは過去の身体記憶を呼び出す。フェイントは観客への見せ方を作る。どれも別々の難しさがあり、しかも曲の後半に置かれている。疲れた状態でこれらを成立させるから、本番のステージに厚みが出る。
特にフェイントは、完成版だけを見ると軽い遊びに見える可能性がある。前へ行くと思わせて行かない、と思わせて行く。この小さなズレは、観客にとっては楽しい引っかかりだが、踊る側には正確なカウントが必要になる。遅いと迷っているように見え、早いとフェイントにならない。轟はじめが先生の言葉を聞きながら前後の動きを返している場面は、ライブ演出の遊びを成立させるための調整として見たい。
クラップも同じだ。手を叩く音は分かりやすいが、音が分かりやすいぶん、ずれると目立つ。しかもこの場面では、ダンサーとの前後交代も入る。観客は手拍子の明るさを受け取るが、練習では移動の安全と見え方を同時に管理している。こうした「簡単そうに見える動きほど外すと目立つ」部分が、後半戦の負荷になっている。
ここまで見てから完成ライブへ戻ると、ステージ上の一瞬の見え方が変わる。観客には、ダンサーとの絡みやジャンプ、足上げ、ポーズが楽しい演出として届く。振り入れ動画では、それらがどのカウントで入り、どの距離で成立し、どこで体力を使うかが見える。今回の通常動画は、ライブ後の補足としてかなり相性がいい。
完成ライブへ戻ると、叫びの理由が立ち上がる

この動画を単独で見ると、25分のダンスレッスンとして楽しめる。だが、概要欄に置かれた生誕3DLIVE「Rise In Motion」へのリンクと合わせると、もっと見やすくなる。振り入れでは、先生が「ここでダンサーがいる」「ここでソロ」「ここでポーズ対決」と言葉で説明していた。完成ライブでは、それがカメラ、照明、ダンサーの配置と一緒に見える。
V-BUZZとして整理しておきたいのは、今回の動画が「裏側を見せた」だけではないことだ。裏側を見せる動画は、準備の大変さを伝えるだけで終わりやすい。今回の場合は、準備の具体がかなり細かい。カウント、手の角度、ダンサーとの向き、ジャンプの足、ターンの回数、クラップと前後交代、フェイント。具体があるから、完成版へ戻った時に「あの場面だ」と照合できる。
過去記事のロックダンスレッスンと比べると、今回の違いも見えてくる。ロックダンス回は、身体の使い方を変える基礎練習だった。伸びたいから縮む、止める場所を作る、膝や腕の角度を直す。今回の生誕3DLIVE振り入れは、そのような身体の制御を、ライブの流れへ組み込む動画だ。基礎の理解と本番の実装は別物で、その差が25分の中に詰まっている。
轟はじめの魅力として残るのは、できることと難しいことを同時に見せるところだ。元々動ける。覚えも速い。先生のカウントへ反応し、すぐ試す。一方で、ジャンプ、ダブルターン、後半のフェイントには大きく声が出る。得意だから何でも平然とこなすのではなく、得意な人が本気で難しいものに当たっている。その見え方が、ダンス動画としての読みごたえになっている。
視聴時には、まず冒頭の入りとワクワクタイムを見て、次に後半のクラップからフェイントへ進むと把握しやすい。全部のカウントを覚える必要はない。どこで前へ出るか、どこでダンサーと向き合うか、どこで跳ぶか、どこで前に行くと思わせるか。そこだけ追っても、曲の構造は見えてくる。ダンスに詳しい人なら、足の運びや手の残し方まで見ていくと、さらに楽しめる。
一方で、この動画は情報量が多い。25分の中に先生のカウント、轟はじめの反応、ダンサーの位置、曲の構造が詰まっている。初見で全部を理解しようとすると少し大変だ。だから記事としては、全編ダンスの入口、ワクワクタイム、後半戦、完成ライブへの戻り方に分けて整理するのが合う。配信の全発言をなぞるより、どの場面が何を支えているかを見る方が読みやすい。
また、概要欄の「Deep Dive」公式MVへの導線も押さえておきたい。今回の主題は「Guns of Saxophone」の振り入れだが、同じ概要欄に新曲へのリンクがあることで、轟はじめの生誕期の動きが一つの流れとして見える。生誕3DLIVEでのパフォーマンス、振り入れの裏側、新曲MV。歌とダンスと動画企画が並んでいて、通常動画が単発の裏話ではなく、活動全体の入口にもなっている。
この導線の置き方は、視聴者にとっても親切だ。振り入れ動画だけを見ると、先生のカウントや動きの難しさに目が行く。そこから生誕3DLIVEへ戻ると、本番でどのように見えたかを確認できる。さらに「Deep Dive」へ進むと、同じ時期の轟はじめが、ダンスだけでなく楽曲面でも何を出していたかが分かる。概要欄のリンクを順にたどるだけで、練習、ライブ、楽曲の三つを行き来できる構造になっている。
見返す時の具体的な入り口としては、まず振り入れ動画の冒頭で「全編ダンス」と言われる場面を見る。次に、ワクワクタイムのジャンプとポーズ対決を確認する。その後で生誕3DLIVEの該当曲へ戻ると、完成版の楽しさがただの勢いではなく、どの位置で誰と向き合うかまで組まれた演出だと分かる。ダンス経験がない人でも、練習動画で聞いた「ここにダンサーがいる」「ここでジャンプ」という説明を覚えておくと、本番映像の見え方がかなり変わる。
この手の裏側動画では、完成版を先に見た人と、裏側を先に見た人で受け取り方が変わる。完成版を先に見た人は、あの明るい一曲の裏にこんな確認があったのかと驚ける。裏側を先に見た人は、本番でうまく流れている箇所を見つける楽しみが増える。どちらから入っても、最終的には同じステージへ戻れるのが今回の強みだ。短い告知動画ではなく、アーカイブ同士をつなぐ動画として機能している。
記事本文では、動画内の「セクシータイム」のような言葉をそのまま強調しすぎない方がいい。本人や先生のやり取りとしては軽い表現だが、公開記事では身体の見せ方を過度に切り出す必要はない。今回の価値は、身体接写や露出ではなく、ライブ演出としての位置取り、ジャンプ、ターン、フェイントにある。画像もその方針に合わせ、スタジオ、ステージライト、練習ノート、ダンサーとの距離感で表現する。
最後に残るのは、轟はじめが難しさを楽しさへ変えていく姿だ。最初は全編ダンスと言われ、サビで細かい動きを覚え、ワクワクタイムでジャンプに驚き、後半戦でさらにクラップやフェイントを入れる。叫びは何度も出るが、止まって終わる叫びではない。叫んで、笑って、水を飲んで、また音へ戻る。その繰り返しが、完成ライブの一曲を支えていた。
この動画は、ライブの裏側を美談として丸めすぎないところも良い。大変だった、でも頑張った、という一文で済ませず、実際に何が大変だったのかを見せている。カウントが速い。足と手が同時に来る。相手との距離を見る。ジャンプで形を作る。後半でまた難所が来る。こうして一つずつ分かれているから、見終わった後に「すごかった」だけでなく、「あのジャンプ」「あのフェイント」「あの位置取り」と具体的に思い出せる。
同時に、レッスン動画としての温度は重すぎない。先生の声かけは具体的で、轟はじめの反応は明るい。失敗や難しさを強く演出するより、できるようになるまでの会話がそのまま楽しい。ここは、轟はじめの通常動画としての見やすさにもつながっている。練習の厳しさだけを見せるのではなく、声の跳ね方や笑い方を残すことで、完成ライブの明るさを壊さずに裏側へ入れる。
完成したステージだけを見ると、観客は「楽しかった」「動きが大きかった」で受け取れる。振り入れ動画を見ると、その楽しさの中に、数えきれない確認と微調整があったことが分かる。全編ダンス曲の難しさを見せながら、重くしすぎず、轟はじめらしい明るい反応で押し切る。今回の動画は、生誕3DLIVEを見返す前に挟むと、ステージ上の一瞬が少し立体的に見える裏側だった。
